東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)173号 判決
一 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取消すべき事由の存否について判断する。
1 まず、原告は、審決が本願発明において用いうる光増感剤の中に「過酸化ベンゾイル」が含まれるごとく理解した点の誤りを主張する。
成立について争いのない甲第二号証(本願発明に係る特許公報)によれば、本願の発明の詳細な説明には、次のとおりの記載が認められる。すなわち、「本発明に用いうる不飽和エポキシエステル樹脂組成物は、従来硬化するときに、有機過酸化物あるいは必要に応じて促進剤を樹脂組成物に添加するが、添加すれば当然常温でも硬化が進行し、貯蔵に耐えることはできない。つまり、可使時間が短いということであり、工業的には長時間を要求されるので不利である。またこの樹脂組成物でモノマーを使用したものを加熱硬化させる際、モノマーが飛散し易いため、積層、塗料に用いると、硬化樹脂組成物の不均一を招き易い。このことは硬化樹脂の性能が変化するので好ましくない等の欠点を持つている。」(三欄一五行ないし二六行)、「そこで、本発明では、上記欠点に対処してなされたものであつて、可視光から紫外光の範囲の光線を照射することによつて容易に硬化し、耐薬品性、耐溶剤性、接着性等が優れた感光性不飽和エポキシエステル樹脂を提供するものである。」(三欄三〇行ないし三四行)及び「したがつて、この感光性樹脂組成物中には、有機過酸化物ではなく、光増感剤を含有しているために前記したような可使時間の問題はなくなり、光を遮断した缶あるいは場所に保存すれば長期間可能となりうる。」(四欄二行ないし六行)
右の記載からみても、本願明細書に記載された硬化触媒としての有機過酸化物の説明は、熱重合触媒としての認識のもとになされており、光増感剤としての認識はなかつたものとみるべきである。たしかに、第二引用例(成立について争いのない甲第五号証)によれば、種々の有機過酸化物、特に過酸化ベンゾイルは、一般に熱重合開始剤として広く用いられているが、光重合触媒としての機能をも有している場合のあることが窺われるとしても、他方で有機過酸化物が不飽和エポキシエステル樹脂組成物の重合触媒として用いられたときには、前記引用に係る本願明細書の記載のとおり「添加すれば、当然常温でも硬化が進行し、貯蔵に耐えることはできない。つまり可使時間が短い」という技術上の欠点を示すものであるから、たとえ、過酸化ベンゾイルが光増感作用をもつているとしても、長期間の可使時間もしくは保存性を確保しようとするなどの本願発明の目的からみて、これが、本願発明の光増感剤としては適さないものであつて、本願の「特許請求の範囲」における「光増感剤」の範囲には含まれないものと解するのが相当である。そうすると、審決が本願発明において用いうる光増感剤の中に「過酸化ベンゾイル」が含まれるごとく理解したことは原告主張のとおり誤りである。しかしながら、審決は、更に有機過酸化物が本願発明において用いられる光増感剤に含まれないとした場合の進歩性の判断にも及び、結論として本願発明は各引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものと判断したものであるから、右の点の誤りをもつて、ただちに、審決を違法として取消すことはできない。
2 次に、原告は、本願発明の進歩性を判断する前提として審決が、「不飽和エポキシエステル樹脂が、熱硬化性であるばかりでなく、光硬化性であることは出願前に公知であつた」とした審決の認定が誤りである旨主張する。
審決は「不飽和カルボン酸とエポキシ化合物とから得られる不飽和エポキシエステル樹脂が熱硬化性であるばかりでなく光硬化性であることはこの出願前に公知であつた」として、第三引用例ないし第五引用例を示している。しかしながら、審決が列挙した各引用例を検討してみても、以下に述べるとおり一般的説示ともみられる審決の右の認定を裏付ける合理的根拠を見出しえない。
成立について争いのない甲第一二号証ならびに弁論の全趣旨を総合すると、不飽和エポキシエステル樹脂はその分子構造などの差異によつてその光硬化性に顕著な相違があることが窺われるところ、第三引用例(成立について争いのない甲第六号証)に記載された光硬化性樹脂組成物は不飽和カルボン酸として本願発明とは異なるクロトン酸をエポキシ化合物と縮合させたもので本願発明の組成物とは異なるばかりでなく、その硬化は空気の不存在下もしくは空気中では光照射後加熱処理を必要とするものであり、また第五引用例(成立について争いのない甲第八号証)に記載された感光性接合剤組成物は、「酸当量に対するエポキシ当量の比は二対一である。」(公報四欄一八行ないし一九行)から、右の当量比が一対一であつて完全にエポキシ基の消滅した本願発明の不飽和エポキシエステル樹脂と異なるばかりでなく、第五引用例においては、光照射によりゲル化を生じて接合部品の相互位置を保持させ、その後加熱によつて最終的な硬化を行つており、加熱処理が必須の要件であると認められ、この点でも光照射のみによつて完全硬化をする本願発明とは異なることが明らかである。更に、第四引用例(成立について争いのない甲第七号証)は、アクリル酸とエポキシ基を含む樹脂よりなる熱硬化性樹脂組成物等の発明に係る米国特許明細書であるが、そこには、光硬化性についての示唆はない。審決の列挙した各引用例の記載内容は右にみたとおりであるから、これらの引用例によつても、「不飽和エポキシエステル樹脂が、熱硬化性であるばかりでなく、光硬化性であることは出願前に公知」であつたとみることはできないし、また、第三引用例や第五引用例のものと異なる組成物である第四引用例の化合物が、本願発明の組成物のごとく光照射のみで完全硬化することを予測しうるものではない。
したがつて、不飽和エポキシエステル樹脂が、熱硬化性であるばかりでなく、光硬化性であることが出願前公知のこととし、この誤つた前提に立つて、本願発明を第一引用例及び右公知事実とから当業者が容易に想到しうるものとした審決の判断は誤りであるといわねばならない。
したがつて、その余の点の判断を待つまでもなく、審決は違法として取消を免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。
〔編註〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四四年一〇月二三日、名称を「感光性樹脂組成物」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和四四年特許願第八四一七六号)したところ、昭和四九年一月二三日拒絶査定を受けた。
そこで、原告は昭和四九年三月一八日審判を請求し、昭和四九年審判第一七一五号事件として審理され、その間、昭和五四年一月二九日出願公告(特公昭五四―一七四二号)されたが、日立化成工業株式会社ほか四名から特許異議の申立がされたので、昭和五四年一〇月一七日付手続補正書により特許法第六四条の規定に基づく補正をしたが、昭和五五年五月一日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年五月二四日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
フエノール類とエチレンオキサイドとの付加物、ビスフエノールA、ノボラツク又はレゾール又はハロゲン化フエノール類とエピクロルヒドリン又はメチルエピクロルヒドリンとの反応によつて得られたエポキシ化合物と、アクリル酸及びメタクリル酸から選ばれた少なくとも一種の不飽和一塩基酸と必要に応じて飽和一塩基酸、飽和多塩基酸、無水飽和多塩基酸、不飽和多塩基酸、無水不飽和多塩基酸の中から選ばれた一種又はそれ以上とを前記エポキシ化合物のエポキシ基対合計カルボキシル基を一・一〇~〇・九五対一のモル比において、エステル化反応触媒、必要に応じて重合防止剤、溶剤あるいは重合性単量体の存在下で、加熱反応させて実質的にエポキシ基を消滅させて得られる不飽和エポキシエステル樹脂組成物一〇〇部に対し、〇・〇五部以上の光増感剤を配合して成る感光性樹脂組成物。